2016年05月20日

映画『世界から猫が消えたなら』

ネコ好きの私。
絶対に観に行こうと思っていた映画を、
今日、観て来きました。

タイトルは、
『世界から猫が消えたなら』です。

もう、このタイトルで、泣くんです…。(;;Д;;)
実は、上映が始まる数か月前から、泣いていました。
「ネコの居ない世界なんていやだーーー!」…と。

と、いう訳で、
今日行って来たのですが、
座席に座り、上映が始まっった頃。

主人公のモノローグが始まった処から、泣きました。

後頭部に強い痛みを感じて、自転車から落ちた主人公。
脳に腫瘍が出来ていて、もう、今死んでもおかしくはない、
そんな現実を突き付けられたのでした。

話は、
ひとつこの世から無くすものと引き換えに、
主人公の命を1日、
延ばすというストーリーが軸です。

始めは、
「たった1日?」と思うのですが、
”1日延びる”と、いう事が、
実は、どれだけ重要なのか。
命の尊さを、学んだ気がします。

この世から無くしたもの。
電話。
映画。
時計。
猫。

『無くすもの』があるという事は、
無くしたものに関連された過去が、
無くなってしまう…。
そういう事。

電話が無くなれば、電話関連の店が無くなる。
映画が無くなれば、友達との縁が無かった事になる。
時計。
無くなってしまえば、
時計屋をやっているお父さんが、消えた。
猫。
拾った猫との想い出、猫に関連したもの全て、
何より、猫を大事にしてた自分が、消えるのではないか…。
どちらを取っても、自分は消える事になる。

夢を見れば、次の日には死が待っている。
”1日”。
この日を過ごすだけで、
次の日には死ぬ宣言をされる。
その繰り返しなんです。

主人公は結局、
最後には、自分の死を受け入れる事にしました。

痛くても、怖くても、
きっとこの世界に、自分が生きた証があるはず、
誰かの記憶に、世界に、残っているはず…
そう、願って…。


もう、泣いて泣いて、
声が出そうな位に、何とか留まってましたが、
泣きました。

お陰で、泣き過ぎて、目が乾燥してます。
ぱっさぱっさです。(〜Д〜)

凄く良い映画でした。
救いがある映画では、
正直、無いかもしれない映画ですが、
心に響くシーンが、幾つもありました。

………なので!
号泣していたのですよ。

希望なんてない事も、あるのです。
それを描いてくれた、優しい作品でもありました。

人生に希望を持つなとは言いませんが、
現実問題、希望なんて持ってない人間も居る事。
そういう人を、否定する事自体が、
何か間違っていると、私は子供の頃から思っています。

救われる事だけが、人生の全てじゃない。
幸せだけが、許される世界ではない。
その現実を、どう解釈して貰って、
己というオリジナリティを残すのか…。

人間そのものの、存在意義を問われるテーマだと、
ちょっと脱線しましたが、思いました。
posted by にょんにょん at 00:00| Comment(0) | 映画 | 更新情報をチェックする
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