2016年12月02日

映画『聖の青春』

将棋に命を掛けた、実在した人物を素に作られたという、
『聖(さとし)の青春』という映画を観て来ました。

この映画は、ある程度の腎臓病の話と、
将棋の世界を知っていなければ、
かなり難しい映画だったのではないかと思いました。
案の定、のりりはスースーと寝ていました。

腎臓の難病、ネフローゼ症候群を5歳の頃に発症し、
その後29歳まで生きた、村上聖の生涯の話です。

『東の羽生、西の村上』と呼ばれるだけあっての、
物凄い気迫のあった2人の接戦。
…息を呑みました。

…病魔と闘い、勝つ事を何よりも優先して生きる村上。
相当な病気の進行具合で、
もう、本当は将棋なんてやっている場合ではない程に、
酷い状態…。
それでも、早く羽生との戦いを願い、
上へ上へとのし上がって行く…。
その姿に、泣けて泣けて。

『負けるのは、死ぬほど悔しい。
だから、生きる時間を削ってでも勝ちたい。』
そんな思いだけで、生涯を将棋で生きた。


…将棋や囲碁の世界は、未知の世界を見る為のもの、
私は、そう解釈しています。

盤上の無限の可能性。
何手先までも読む力と想像力と記憶力。

あれは、人を”喰う”。
私はそう思います。

囲碁と将棋は似ています。
人によっては、
のめり込み方が異常と言って良い位に、
とり付かれる程の、魅力の塊の世界です。

…私は、この映画を観て、
初めて、
…本当に初めて。

祖父の気持ちが解った気がした。

親父は、何も教えてはくれなかった。
この世界の魅力を…。
多分、祖父の事を一番理解していたのは、
親父だったと思います。

あの世界の”魅力”は、尋常なものでは無い。

大嫌いな祖父とは関係なく、
囲碁が流行った時期がありまして、
それが切っ掛けでもあって、
私は囲碁をかじりました。

…教えて欲しかった。
何故、じいちゃんが家族よりも囲碁を選んだのかを。

こんなに魅了される世界を、
じいちゃんは見ていたんだと、初めて気付かされました。

当時の話ですが、
九州の中では1、2を争う程の、囲碁のプロだったらしいです。

…じいちゃんが囲碁を選んだから、
会った事の無いお婆ちゃんは早くに亡くなり、
じいちゃんの生き方のせいで、家族崩壊が始まり、
現在、私は病気の巣窟になっている。
じいちゃんが、しっかりしなかったから、
今の私がある。

…何代も遡っては、未来の図形が崩れて行く様。
そんな事実を、私は身を持って知っているので、
余計にこの映画に、ある意味、感銘を受けました。

初めてじいちゃんの為に泣いた。

…私にとっては、
それだけでこの映画を観た意味がありました。

話しが混在してしまっていて申し訳ないのですが、
”ちゃんと人を知る”というのは、
一番大事な事なんだと。
…そう、私は思いました。

”命より、将棋”を選んだ村上。
”家族より、囲碁”を選んだじいちゃん。

被って見えたのです。

ただただ恨む対象だけだった祖父だったけれど。
こんな風に、村上さんと同じように、
私や母親には見えなかった世界を、
見ていたのでしょうね…。

何だか、人とは違う感想を持ってしまった感はありますが、
私には、意味があった映画でした。

…思い出すだけで、涙が出て来ます。
上手く言葉に出来なくてすみません。
posted by にょんにょん at 00:00| Comment(0) | 映画 | 更新情報をチェックする
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